モモの読書感想文040~『なかなか暮れない夏の夕暮れ』江國香織

 

モモです。

 

もうすぐ夏ということで…今日の課題図書はこちら。

 

今回の読書感想文は・・・

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』著:江國香織

 

 

「人生」と「読書」が織りなす幸福なとき。

本ばかり読んでいる稔、姉のすずめ、元恋人の渚、
娘の波十はと、友だちの大竹と淳子……
切実で愛しい小さな冒険の日々と
頁をめくる官能を描き切る、待望の長篇小説。

 

前回の感想文はこちら。

 

なかなか暮れない

夕暮れ時は短い。

 

仕事をしている手を止め「日が暮れてきたな」と少しブラインドを開けて、またPCに目を戻す。次に顔を上げたときにはもう夕暮れ時は過ぎ去って、夜の色が侵食しはじめている。

そんな夕暮れが、「なかなか暮れない」とはこれいかに。

 

 

物語は小説内小説から始まる。

主人公のみのるは読書が好きで、来る日も来る日も本ばかり読んでいる。

小説の世界にいると現実世界の用事がおろそかになって、稔は慌てて着替えて家を飛び出す。約束を思い出したのだ。

 

駅につくころには汗だくになっていた。シャワーを浴びに帰らないだけの分別がいまの稔にはあるのだが、その分別を自分が望んでいたのかどうかはわからなかった。

 

うん、夕暮れが「なかなか暮れない」わけがわかった気がする。

年齢はなんと50歳(!)にもかかわらず、稔は子どもの頃の感覚を持ち続けているように思う。

だって自分に分別がついてしまったことを望んでいたかどうかなんて、人生の後半に差し掛かってから考えるようなことだろうか?

それとも年齢を重ねると、逆にそういうことに敏感になっていくものなんだろうか。

 

不動産収入によってろくに働く必要もなく、税務も友人に丸投げして、ほんとうに本ばかり読んで暮らしている。

そんな稔の人生は、もう朝でも昼でもない。

でも、夜が来るには早くて、その短いはずの夕暮れを子供の心を持ったままに、生きているわけだ。そりゃあ「なかなか暮れない」わけだと思う。

 

 

小説内小説の効能

この作品では、小説内小説(と言うのかどうかはわからないけど)の構造がとられている。

稔が読んでいる本の文章が、地の文と並行して区別なく書かれているのである。

稔が現実の世界と本の中の世界をシームレスに移動していて、どうやらその質感だったり空気だったりをどちらでも同じように感じているらしいということがよくわかる構造だと思う。

江國さん自身もきっと、そういう読み方をしている人のひとりなんだろうなぁと思う。

 

 

最後に

飄々とした稔につられてゆっくり時間が流れていく本作。

ぜひ、夏の夕暮れのおともに。

 

それでは、また。

 

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