モモの読書感想文047~『 i 』西加奈子

 

こんばんは。モモです。

毎日暑いですね。

コロナ禍で外出もしづらいし、読書とNETFLIXがはかどる日々です。

 

今回の読書感想文は・・・

『 i 』 著:西 加奈子

 

アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、養子としてやってきたアイ。
内戦、テロ、地震、貧困……世界には悲しいニュースがあふれている。
なのに、自分は恵まれた生活を送っている。
そのことを思うと、アイはなんだか苦しくなるが、どうしたらいいかわからない。
けれど、やがてアイは、親友と出会い、愛する人と家族になり、ひとりの女性として自らの手で扉を開ける――
たとえ理解できなくても、愛することはできる。
世界を変えられないとしても、想うことはできる。
西加奈子の渾身の叫びに、深く心を揺さぶられる長編小説。

 

昨日、ほんと~~に久しぶりに本屋さんに行きました。

おうちにいても電子書籍でいつでも購入できるけど・・・やっぱり本がずら~~~っと並んでいると興奮しますね。

楽しくなっちゃって3冊も買ってしまいました。

 

前回の感想文はこちら。

 

 

「自分」の存在を許せない

 

西加奈子さんの作品はいつも、書き出しでまず私の心を奪います。

本屋の棚の前で何の気なしにぱらっとめくると、出だしの一文に強烈に惹かれてしまい買って帰らずにはいられない。

 

「この世界にアイは存在しません」

え、と声を出した。

 

「二乗してマイナス1になる、そのような数はこの世界に存在しないんです。」

 

主人公は中学生のワイルド曽田アイ

アイはシリア人として生まれ、物心がつくずっと前にアメリカ人の夫・ダニエルと日本人の妻・綾子の裕福な夫婦に養子として迎え入れられました。

慈善事業に関心が高い両親のもとで何不自由なく育ちながら、おそらく恵まれない環境に生まれたであろう自分が不当な幸せを享受していると感じ、罪悪感にさいなまれます。

 

考えてみれば、私は生まれてから一度も ”自分が誰かの幸せを奪っている” と思ったことはありません。自分が幸せになることで喜んでくれる人はいても、代わりに不幸になる人がいるとは考えたことがなかった。

でもそれは私が恵まれているということももちろん、両親にとって私は私以外の何者でもあり得ないからだったんだな・・・と思います。

今の「私」の姿で生まれたのは偶然だったし、たまたまだったけど、それでも両親にとってはそれが「私」であって、別の何かである可能性はなかった。

 

でも「アイ」は違いました。

養子を求めた両親のもとに、偶然たまたま選ばれたのがアイであって、アイじゃなかったかもしれなかった。アイが選ばれたということは、選ばれなかった子がいたということ。

自分の存在を許せない。それって、この世のすべての苦しみにつながる、この上ない苦しみじゃなかろうか…

 

 

アイはなぜ何もしなかったのか?

この主人公、ずっとグズグズ悩んでいる。

世界で起きる災害や戦争や事故での死者の数を毎日ノートに記録しつづけ、なぜ自分がそれを免れて生きているのかを自問自答します。

アイ自身は、お金持ちの両親のもとで愛されて育ち、日本に来てから親友ができ、打ち込める趣味ができ、愛してくれる優しい恋人ができる。

つまり、アイの苦しみに見合うだけの不幸な出来事は何も起きていない。少なくとも、アイの身には。

それでも、悩んでいる。みずから世界中の不幸を見つけて浸っている。

 

ではなぜ世の中をよくするための行動を起こさなかったのか? 

そんなに自分の恵まれた境遇に引け目を感じるのなら、寄付や、ボランティアなど、できることはあった。ついつい私たちはそう思ってしまう。

それが世界にとって些細な影響しか与えなかったとしても、罪悪感でいっぱいのアイの心はずいぶん楽になるだろうと。

でもきっと、

しなかったんじゃなく、できなかった

 

 

綾子はアイの古くなった服をよくアニータに譲っていた。(「あげる」ではなく、「もらってもらう」という言い方を、綾子はよくした)。

 

もらってもらう、のではないのだ。確実にあげる行為からは出られないのだ

 

困っている誰かを助けることは、アイにとって「認める」ことと同義だったのだと思います。

自分が彼らよりも幸福で、恵まれているということを。

 

CMで流れるアフリカの貧しいこどもたちの映像、街角に立って募金活動をしている人が持っているパネルに映った小さな女の子の瞳。

私は、いたたまれなくて目をそらしてしまうことがある。そのいたたまれなさには、そうだ、たしかに罪悪感が混じっている。

 

 

世界とのバランス

ゆきもも

 

大学生になったアイは東日本大震災に遭い、アメリカにいた両親の「出国してほしい」という哀願をつっぱねて東京に残ります。はじめての反抗。

自らが不幸になることで、世界で起こる「不幸」とのバランスを取ろうとする。

でもこれって意外と身近で、誰しもが陥りがちな精神状態なのかもしれない。

 

「幸せになりたい」って誰もが思ってる。

でも幸せになるのを怖がって自分でブレーキをかけていることも、あるなぁと思う。

とくに友達の話を聞いているときなんかよく思うのだけれど…自分のこととなると途端に世界がねじ曲がって、よく見えなくなるものだよね。

 

 

アイが辿り着いた答えは

自分が恵まれていることを恥じ、不幸を望んでいたアイ。

もがいてもがいて苦しんで、物語の終盤にひとつの答えを見つけます。

 

自分とは、「 i 」とはいったい何なのか。

幸せを手にしている自分が、世界の不幸とどう向き合っていくのか。

 

アイの答えを、それまでの道のりを、ぜひ見守ってあげてください。

私もアイに教わりました。CMで流れる貧しいこどもたちとの向き合い方。

 

それでは、また。

 

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1件のコメント

  •  本書の【 「この世界にアイは、存在しません。」 「この世界にアイは、」 「この世界にアイは、存在する。」 】 の呪文(マントラ)がそれぞれ 25回 6回 1回 唱えられている。
     これが、【 i(アイ) 】と深く関わっているようだ。
     読書百遍意自ずからから通ずで捉えると、数学用語などの【素数】【完全数】【一周期】(ワンサイクル)などを彷彿させる。
     この情景は、大和言葉の【ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と】を賛歌する昭和歌謡の本歌取り[i(アイ)のさざなみ]にある。 

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